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千葉地方裁判所 昭和56年(わ)198号 判決

本籍

千葉県海上郡飯岡町平松七六一番地

住居

右同

漁網・船具販売及び水産物加工販売業

野間傳次郎

昭和六年四月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官永田俊明、同荒木俊夫、弁護人斎藤尚志各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二、四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、千葉県海上郡飯岡町平松七六一番地に居住し、同町内に店舗を設け、「野間商店」の名称で漁網・船具販売及び水産物加工販売業を営んでいるものであるが、所得税を免れようと企て、収入の一部を除外して架空名義の預金を設定するなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際の総所得金額が一億二、二四一万二、二二六円であったのにかかわらず、昭和五三年三月一五日、同県銚子市栄町二丁目一番一号所在の所轄銚子税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が九〇一万三、七六一円でこれに対する所得税額が一四二万一、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和五二年分の正規の所得税額七、六〇一万二、四〇〇円と右申告税額との差額七、四五九万一、三〇〇円を免れ

第二  昭和五三年分の実際の総所得金額が八、九一九万六、三八八円であったのにかかわらず、昭和五四年三月一四日、前記銚子税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が八六八万六、七四七円でこれに対する所得税額が一二五万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により昭和五三年分の正規の所得税額五、〇〇〇万八、七〇〇円と右申告税額との差額四、八七五万八、七〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判事全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(検察官申請証拠乙17ないし20)

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同乙1ないし16)

一  被告人作成の確認書(同乙21)

一  証人野間石松、同山崎剛、同三河具子の当公判廷における各供述

一  山崎剛の検察官に対する各供述調書(前同甲397、398)

一  山崎剛の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲393ないし396)

一  大矢茂夫の検察官に対する供述調書(同甲405)

一  大矢茂夫の大蔵事務官に対する質問てん末書(同甲404)

一  野間石松の検察官に対する各供述調書(同甲413、420、421)

一  野間石松の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲406ないし408、410)

一  野間二三代、野間あい子の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲415、416)

一  三河武雄、三河具子の検察官に対する各供述調書(同甲257、259)

一  三河具子の大蔵事務官に対する質問てん末書の抄本(同甲418)

一  土谷信雄の検察官に対する供述調書(同甲424)

一  柳澤時雄、梶山哲夫、石毛正雄、長塚勝成、宮沢実、江畑いね、網中誠次、花澤孝幸の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲67、96、105、108、119、253、271、284)

一  大蔵事務官作成の現金調査書(同甲4)

一  大蔵事務官作成の当座預金残高調査書(同甲5)

一  大蔵事務官作成の当座預金調査書(同甲6)

一  大蔵事務官作成の普通預金調査書(同甲7)

一  大蔵事務官作成の定期預金調査書(同甲8)

一  大蔵事務官作成の定期積金調査書(同甲9)

一  大蔵事務官作成の受取手形等調査書(同甲57)

一  大蔵事務官作成の売掛金調査書(同甲58)

一  大蔵事務官作成の売掛金(水産加工仲買関係)調査書(同甲59)

一  大蔵事務官作成の売掛金(漁網)調査書(同甲60)

一  大蔵事務官作成の未収利息調査書(同甲261)

一  大蔵事務官作成のたな卸調査書(同甲263)

一  大蔵事務官作成の水産加工商品(製品)たな卸調査書(同甲264)

一  大蔵事務官作成の商品たな卸(漁網)調査書(同甲265)

一  大蔵事務官作成の未経過調査書(同甲273)

一  大蔵事務官作成の賃借損料及び未経過賃措損料調査書(同甲274)

一  大蔵事務官作成の仮払金調査書(同甲275)

一  大蔵事務官作成の保証金調査書(同甲277)

一  大蔵事務官作成の出資金調査書(同甲279)

一  大蔵事務官作成の土地調査書(同甲283)

一  大蔵事務官作成の減価償却資産及減価償却費調査書(同甲290)

一  大蔵事務官作成の支払手形調査書(同甲310)

一  大蔵事務官作成の買掛金調査書(同甲311)

一  大蔵事務官作成の買掛金(水産加工)調査書(同甲312)

一  大蔵事務官作成の買掛金(漁網)調査書(同甲313)

一  大蔵事務官作成の未払費用調査書(同甲336)

一  大蔵事務官作成の未払金調査書(同甲351)

一  大蔵事務官作成の借入金調査書(同甲354)

一  大蔵事務官作成の仮受金調査書(同甲356)

一  大蔵事務官作成の未決済小切手調査書(同甲358)

一  大蔵事務官作成の未払利息調査書(同甲359)

一  大蔵事務官作成の前受利息調査書(同甲360)

一  大蔵事務官作成の店主貸勘定調査書(同甲361)

一  大蔵事務官作成の利子所得調査書(同甲362)

一  大蔵事務官作成の売上調査書(同甲363)

一  大蔵事務官作成の売上(水産加工・仲買関係)調査書(同甲364)

一  大蔵事務官作成の売上(漁網)調査書(同甲365)

一  大蔵事務官作成の雑収入(水産加工)調査書(同甲369)

一  大蔵事務官作成の貸付利息調査書(同甲370)

一  大蔵事務官作成の築地魚市場(株)取引調査書二通(同甲203、204)

一  大蔵事務官作成の売掛金等(三河要太郎)調査書(同甲231)

一  大蔵事務官作成の売掛金等(久保保)調査書(同甲232)

一  大蔵事務官作成の売掛金等(三河一男)調査書(同甲233)

一  大蔵事務官作成の売掛金等(吉井佐市)調査書(同甲234)

一  大蔵事務官作成の売掛金等(宮内永治)調査書(同甲235)

一  大蔵事務官作成の臨検てん末書(同甲10)

一  国税査察官佐々木一作成の昭和五五年二月二一日付、同月二二日付、同年三月一〇日付各査察官報告書(同甲269、272、270)

一  国税査察官土谷信雄作成の昭和五七年二月四日付査察官報告書二通(同甲425、426)

一  国税査察官土谷信雄作成の昭和五四年一一月一六日付、昭和五五年二月四日付各報告書(同甲278、286)

一  栗原修作成の報告書の写し(同甲282)

一  検察事務官作成の報告書及び電話聴取書(同甲422、423)

一  大蔵事務官作成の昭和五四年一〇月一六日付(三通)、昭和五五年二月六日付、同月二五日付、同月二六日付(二通)、同年三月一〇日付各検査てん末書(同甲11、200、201、266、280、47、281、202)

一  銚子税務署長作成の証明書(同甲371)

一  伊東慶男作成の証明書一六通(同甲12ないし14、16ないし18、21ないし26、28ないし30、276)

一  大矢茂夫作成の証明書一五通(同甲15、19、31ないし43)

一  鴨作蔵治、高野美沙子、江戸葉子、佐久間一禎、坂本議夫(二通)、白木勇、植田実、伊藤勇、小川精、澤田浩行、保立雄、原島次郎(二通)、二宮幸正、花澤孝幸、篠田京子作成の各証明書(同甲27、44ないし46、48ないし55、64、65、68、285、355)

一  伊藤慶男、梶山哲夫、安藤美子作成の各申述書(同甲20、97、205)

一  原島次郎作成の確認書(同甲62)

一  伊藤良衛作成のメモ(同甲241)

一  外山太郎、信太洋作成の各上申書(同甲268、357)

一  関本武治作成の「税の納付状況照会に対する回答」と題する書面(同甲291)

一  加瀬欽哉、鵜澤恂一、神原意平、伊藤良衛、浪川武松、加瀬義政、穴澤武明、遠藤寛、伊藤徳重、鈴木太郎、永本健次、及川悦子、林晃作、田中昭雄、阿嶋忠吉、石橋由行、千葉トヨペット株式会社、鵜澤京子、土屋和夫、高田隆一、稲村金次郎作成の「取引内容照会に対する回答」と題する各書面(同甲56、103、130、240、249、250、288、293、295、297、298、302ないし308、328、343、348)

一  山口勉(二通)、二宮幸男、吉田幸男、高橋金二郎、高橋栄志、品田正八、宮内啓子、井口一彦、戸倉栄二、林巌、梶山哲夫、高橋佐久治、石毛正雄、飯塚実、長塚勝成、村田孝一、高野由太郎、湯浅四郎、青野順子、宮沢実、津久浦良典、加瀬芳蔵、田村武司、高橋光一郎、大岩一郎、細田金次郎、飯高静江、小栗山正雄、板倉竹蔵、林静治、佐久間一正、椎名幸夫、大矢富雄、内山伝次、吉原正隆、斉藤重光、松井勝正、高中俊雄、八角浩市、古内俊尚、内山春雄、糸日谷作、飯高只市、松中敬、内山文夫、内山芳太郎、吉原清、吉原清一、渡辺信義、内山貞夫、四之宮衛、加藤岡美佐子、片岡房雄、安川次郎、内山正、中村みち江、根本環、椎名久夫、牧野一男、斉藤東一、斉藤忠夫、片岡初枝、斉藤嘉一、岩佐彊、森川恭三、阿曽とい、加藤泰司、斉藤彰、伊藤健一、酒井美和子、崎山健、斎藤勇、実川恒雄、岩崎守男、渡辺正三、山口俊彦、村井豊子、佐藤一春、宮内晴美、小川伊三郎、伊藤吉蔵、熱田昭、加瀬実、宇井野富美雄、神原四郎、田口かをる、山口忠司、羽柴慶一、河内義郎、薄井勝子、中野美子、小島圭恵、太田市夫、森三雄、土田健介、有限会社向清商店、大橋光子、奥田信江、菅生登代子、柴喜代子、実川巳之助作成の「取引内容の照会に対する回答」と題する各書面(同甲61、63、66、69ないし73、80、84、87、95、98、104、106、107、110ないし112、114、118、120、124、126、134、144、146ないし149、151ないし157、159ないし163、165ないし178、180、ないし183、185、ないし190、207、211ないし215、219、221、224、225、227、228、236、238、239、243、244、247、316、317、321、324ないし327、329、330、334、335、341、342、344ないし347)

一  銚子税務署長作成の証拠品提出書(同甲372)

一  大木五一作成の証拠品提出書(同甲378)

一  大蔵事務官作成の領置てん末書二通(同甲373、379)

一  大蔵事務官作成の差押てん末書二通(同甲382、390)

一  押収にかかる船具等売上帳(白魚部)一綴(昭和五六年押第一七三号の八)、船具等売上帳(あぐり部)二綴(同押号の九)、売上帳一袋(同押号の一一)、金銭出納帳一冊(同押号の一三)、漁網受払帳一綴(同押号の一四)、金銭出納帳一冊(同押号の一五)(同甲384、385、387、389、391、392)

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(但し、昭和五二年分にかかるもの)(同甲2)

一  大蔵事務官作成の建設仮勘定調査書(同甲309)

一  大蔵事務官作成の昭和五二年分水産加工部門の同業者売上の一部除外に関する調査書(同甲367)

一  大蔵事務官迫野毅作成の昭和五五年三月一一日付査察官報告書(同甲366)

一  番重賢嘉作成の報告書(同甲123)

一  酒井一吉、平塚藤吉、古川博作成の各申述書(同甲137ないし139)

一  阿部倉文子、林正子作成の各証明書(同甲338、352)

一  佐藤光男、大都魚類株式会社計算部仕切課、亀田穂、内藤博夫、飯塚忠三、重田義信、北川かつ子、菅崎碩、宮内弘志、楠本幸司、小高基男、須之内美智子、神原健、古川篤司、丸山勝作、坂田喜一、安川昌男、片岡四良、片岡み江子、中村嘉九、斉藤浩子、山口武、君塚千勢子、熊井みさ、三木善七、清宮蔀、三浦竹治、芳野攝子、斉藤新吉、山口理三郎、小栗山英吉、小栗山太郎、土田亨子、伊藤健一、綿邨章、鈴木一、畔蒜ふみ、石上玄三郎、横須賀与四郎、柏兵一、伴春彦、津久浦嘉一郎作成の「取引内容の照会に対する回答」と題する各書面(同甲74、92、93、101、109、113、115、117、121、125、127ないし129、140、141、145、164、179、191、193ないし197、199、206、208、210、216、218、220、222、223、226、229、230、237、319、322、331ないし333)

一  須郷昌子、越川岳、西宮清子、熊田皓子、高橋進一、藤代静子作成の「取引内容照会に対する回答」と題する各書面(同甲245、251、252、340、349、350)

一  押収にかかる五二年分の所得税確定申告書一袋(昭和五六年押第一七三号の一)、五二年分の所得税青色申告決算書一袋(同押号の三)、五二年分決算資料等一袋(同押号の六)(同甲374、376、381)

判示第二の事実について

一  岩瀬節子の検察官に対する供述調書(同甲402、403)

一  岩瀬節子の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲400、401)

一  井田秀一、桐谷次義、野口寅治の大蔵事務官に対する各質問てん末書(同甲77、89、254)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(但し、昭和五三年分にかかるもの)(同甲3)

一  大蔵事務官作成の貸付金調査書(同甲262)

一  大蔵事務官作成の昭和五三年分水産加工部門の同業者売上の一部除外に関する調査書(同甲368)

一  国税査察官佐々木一作成の昭和五六年二月一八日付査察官報告書(同甲82)

一  大蔵事務官内藤重治作成の昭和五六年二月一四日付査察官報告書(同甲88)

一  国税査察官土谷信雄作成の昭和五五年二月一四日付報告書(同甲353)

一  大蔵事務官作成の昭和五五年二月一二日付検査てん末書(同甲337)

一  井田秀一、稲垣光治(二通)、林嘉彦、三輪清(二通)、山中茂作成の各証明書(同甲78、81、83、85、90、91、417)

一、奥主勝己、友辺武正作成の各申述書(同甲260、287)

一、成島千卯美、井田秀一、山添恵子、中川清之、西才太郎、向後栄一、小田切理恵、伊奈良重、山本良隆、幸保睆勇、井上正康、鎌倉友三郎、土屋幸男、中村隆子、作田勇、高柳直吉、高知尾明、鈴木幸男、三橋信男、片岡利治、藤代公雄、山崎憲太郎、石原つね、実川博文、佐貫政江、花木ひろみ、松木紀良、田中龍吉、山口勉作成の「取引内容の照会に対する回答」と題する各書面(同甲75、76、79、86、94、99、100、102、116、122、131ないし133、135、136、142、143、150、158、184、198、217、242、248、314、315、318、320、323)

一、森川和枝、大木崇正、加藤博、椎名幸雄、遠藤寛、礒部博志、和田譲、川西正雄、服部泰子、石毛孝一作成の「取引内容照会に対する回答」と題する各書面(同甲192、246、289、292、294、296、299ないし301、339)

一、押収にかかる五三年分の所得税確定申告書一袋(昭和五六年押第一七三号の二)、五三年分の所得税青色申告決算書一袋(同押号の四)、五三年分決算資料等一袋(同押号の五)、売上帳一冊(同押号の七)、昭和五三年度現金出納帳一綴(同押号の一〇)、五三年度売上帳一綴(同押号の一二)(同甲375、377、380、383、386、388)

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は先ず、前記「野間商店」の営業のうち水産物加工販売部門については、被告人は実弟の野間石松に全権を委ねており、長年にわたって同人の裁量により処理されてきたものであって、同部門における本件各年分の売上帳簿に欠落があり売上金の一部除外があったとしても、被告人は右事実を全く知らなかったのであり、従って被告人には部分について何らのほ脱行為もほ脱意思も存しなかった旨主張するので、按ずるに、被告人の検察官に対する昭和五六年三月四日付、同月一〇日付各供述調書(検察官申請証拠(以下同じ)乙17、18)、証人山崎剛の当公判廷における供述、山崎剛の検察官に対する同年二月四日付、同月二四日付各供述調書(甲397、398)、同人の大蔵事務官に対する昭和五四年一〇月一六日付、昭和五五年一月二二日付、同年三月八日付各質問てん末書(甲393、394、396)、岩瀬節子の検察官に対する各供述調書(甲402、403)、同人の大蔵事務官に対する昭和五五年三月六日付質問てん末書(甲401)、野間石松の検察官に対する昭和五六年二月二六日付供述調書(甲412)、押収にかかる五二年分決算資料等一袋(昭和五六年押第一七三号の六、甲381)及び五三年分決算資料等一袋(同押号の五、甲380)によれば、本件各年分の所得税確定申告書は、いずれも被告人の顧問税理士である大木五一会計事務所の事務員山崎剛が、昭和五二年分については昭和五三年三月上旬に飯岡港前の被告人の漁網・般具の店舗に、昭和五三年分については昭和五四年三月上旬に飯岡町三川の被告人の工場事務所にそれぞれ赴いて、被告人から提示された資料をもとに決算事務を行って作成したものであること、右資料としては両年とも売上帳、仕入帳、領収証、小切手帳控、手形帳控等が提示されただけで、現金出納帳や当座照合表、預金通帳等は山崎の要求にもかかわらず提示されなかったこと、問題の水産物加工部門の売上げに関する資料は、昭和五二年分についてはバインダー式の売上帳と白魚の売上や小口経費の記載されたノートだけであり、しかも右売上帳には昭和五二年一一月、一二月分の記載しかなかったことから右山崎はその旨を被告人に告げて同年一〇月分以前の売上げについて質問したところ、被告人は同年一〇月以前にも売上げの存することを十分知っていたにもかかわらず「売上げはない。これでいいから。」と申し述べ、そのため右山崎はやむなく右指示に従って売上金額を計算したこと、また昭和五三年分については、昭和五三年一〇月から被告人方に勤務するようになった事務員岩瀬節子が昭和五四年二月ころ作成した「売上、売掛金」及び「加工業者〈千〉銀行振込分」と記載のある各メモがその資料となったが、右各メモは同人が千葉銀行旭支店並びに飯岡町農業協同組合本店の被告人名義の当座預金口座の各照合表と水産加工部門の売上帳をもとに売上金額を集計したものであるところ、銚子信用金庫飯岡支店への入金分を加えておらず、また売上帳のうちの加工業者関係分は現金による入金は昭和五三年一〇月一二日以降、手形小切手による入金は同年八月一〇日以降の記載しかなく、従って右各以前の入金については不明のまま集計した、極めて不正確なものであって、そのため右岩瀬も前記山崎が決算事務をなす際に同人及び同席していた被告人に対しその旨説明し、右山崎も被告人に入金の不明部分についてしたところ、被告人は「判らないままの資料でいいからやってくれ。」と答えたため、右山崎は前記岩瀬の作成した不正確なメモをもとに売上金額を計算したことがそれぞれ認められるのであって、以上の事実からすれば被告人は昭和五二年分、昭和五三年分ともに右の如く水産加工部門の売上金額が一部欠落していることを十分承知し、かつその結果右両年の申告所得額が実際の所得額より過少となることを認識していたものということができるのであって、ほ脱の犯意はこれによって十分に認めうるところであり、弁護人の前記主張は採用しえない。

二、次いで弁護人は、被告人の実弟野間石松は株式会社中彦の横尾晃及び株式会社山平土佐海産の依頼に応じ、被告人に無断で同人らに被告人の名義を利用させて水産加工物の取引をなさせていたものであるから、右取引による分は被告人の所得から控除されるべきであり、少なくとも検察官が被告人の野間石松に対する仮払金として主張し計上している金額は除外されるべきものである旨主張するのであるが、本件において同人に対する仮払金として計上されているのは、昭和五二年分にあっては前記中彦関係の三件合計金額一七九万一、三二五円、昭和五三年分にあっては中彦関係八件、前記山平土佐海産関係一件合計金額七〇七万一、七二〇円であるところ、大矢茂夫作成の昭和五五年二月二五日付証明書二通(「手形貸付金元帳(野間石松分)の写について」及び「手形貸付金明細(野間石松分)について」とあるもの、甲40、42)、原島次郎作成の確認書(甲62)、向後栄一作成の「取引内容の照会に対する回答」と題する書面(甲99)、大蔵事務官作成の仮払金調査書(甲275)、伊藤慶男作成の昭和五五年二月二五日付証明書(「普通預金(野間石松分)の取引明細について」とあるもの、甲276)、山中茂作成の証明書(甲417)、検察事務官作成の報告書及び電話聴取書(甲422、423)、野間石松の検察官に対する昭和五六年二月二六日付供述調書(甲420)、同人の大蔵事務官に対する昭和五四年一一月五日付、昭和五五年二月二一日付各質問てん末書(甲406、410)、被告人の大蔵事務官に対する同年同月一九日付質問てん末書(乙7)の各内容並びに右各証拠により前記仮払金として計上処理されている取引は、前記中彦及び山平土佐海産においてはいずれも被告人との正規の取引として買掛金台帳等に記載されているうえ、その一部については被告人方野間商店からの送り状が発行されていること、そして本件捜査段階にあっては野間石松は右各取引により支払いを受けた金額を自己の用途にほしいままに費消した旨供述しており、被告人もまた仮払金として処理して欲しい旨申し述べていることがそれぞれ認められること、さらに後述する野間石松の当公判廷における供述を除く本件各証拠によっても右各取引が弁護人主張の如き内容のものであると窺えるような事実の認められないことに照らして、前記仮払金として計上されている金額はいずれも被告人の正規の取引による売上金を野間石松が流用したものであって、被告人の所得に含まれるべきものと解するのが相当である。

なお野間石松は当公判廷において弁護人の前記主張に副う趣旨の供述をなしているのであるが、その供述内容は主張するような前記中彦の横尾らとの取引の時期や回数、金額について極めて曖昧であるうえ、右野間石松の供述中の、同人が横尾らに融通した金員は遅くとも一か月以内に小切手で返済されたとする部分は、前掲各証拠により認められる前記仮払金として計上されている取引のいずれもが、品物の取引後一か月半ないし数か月後に代金支払いがなされている事実とも符合せず、その供述態度とも併せてみると、右野間石松の当公判廷における供述は措信しがたく、他に前記認定を左右するに足る証拠も存しない。

また弁護人は、被告人の名義を利用しての取引が他にも多数あり、それが被告人の所得とされている旨主張しているが、本件全証拠によるも右主張を首肯するに足るような事実は認められず、従って弁護人のこの点の主張もまた採用しえない。

三、また弁護人は、松丸水産有限会社に対する被告人の手形債権並びに売掛金債権はいずれも同社の営業不振から回収不能の状態にあったもので、貸倒れ損失として処理すべく顧問税理士と相談していたが手違いのため貸倒れの申告がなされなかったものである旨主張しているが、被告人の当公判廷における供述、被告人の大蔵事務官に対する昭和五四年一〇月一七日付質問てん末書(乙2)、大蔵事務官作成の受取手形等調査書(甲57)、江畑いねの大蔵事務官に対する質問てん末書(甲253)、押収にかかる船具等売上帳(あぐり部)二綴(昭和五六年押第一七三号の九、甲385)によれば、被告人は昭和五一年六月に右松丸水産有限会社に対する売掛金について同社から約束手形の振出を受け、以後その書替えをくり返してきたものであるが、右書替えの都度同社から利息等の支払いを受けていること、そして昭和五三年八月には新たに同社に中古の漁網を一、〇〇〇万円で売却しているのをはじめ、昭和五二年や昭和五三年にもロープや網などを売却していることがそれぞれ認められるのであって、本件全証拠によるも被告人が右松丸水産に対する債権の貸倒れ処理について税理士等と相談したような事実は窺われないことと併せ考えると、同社の営業内容等その余の点を検討するまでもなく、弁護人の前記主張は理由がないといわざるを得ない。

四、弁護人は更に、被告人の三河武雄(名義上は三河要太郎)に対する手形小切手債権及び売掛金債権について、昭和五三年九月中旬に被告人において右三河の漁業の営業譲渡を受けたことから右各債権は混同により消滅しており、従ってその合計金額六、三九九万二、四五四円は昭和五三年の所得から控除されるべきであると主張するので検討するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官に対する昭和五六年三月一二付供述調書(乙20)、被告人の大蔵事務官に対する昭和五五年二月一九日付、同年三月一二日付各質問てん末書(乙7、15)、証人三河具子の当公判廷における供述、三河武雄及び三河具子の検察官に対する各供述調書(甲257、259)、奥主勝己作成の申述書(甲260)、押収にかかる船具等売上帳(あぐり部)二綴(昭和五六年押第一七三号の九、甲385)によれば、右三河武雄は昭和五三年七月に手形の不渡りを出したのであるが、同人が漁業をやめることは大勢の船員の生活にかかわるため、同人は大口の債権者であり、かつそれまでにも色々と世話を受けてきた被告人に対し援助を求めたこと、当初被告人はこれを拒絶していたが、右三河武雄の家族らに度々懇請され、また右不渡り後もたまたま漁に当たって右三河が相当の水揚げを上げたことや同人と同じように倒産した船主の家で自殺者が出たことなどから、同年九月前記求めに応ずるに至ったこと、その際被告人と三河武雄間では同人が今後も漁業を続けていけるようにするという漠然とした内容の話があったにすぎず、同人の被告人やその他の債権者に対する債務及び同人の保有する船や漁具等の処理等については何ら具体的な検討はなされなかったこと、またそのころ三河武雄は被告人の求めに応じて金額、返済期日等空白の金銭借用証書を被告人に交付していること、その後同年一二月になって被告人は波崎漁業協同組合の右三河の預金口座を被告人名義にし、また昭和五四年七月には右三河との漁業共同経営契約公正証書を作成しているが、いずれも右三河が同人の他の債権者に対し水揚げから弁済したり、あるいは他の債権者からの取立てを免れるためになしたものであること、さらに昭和五三年一二月には被告人は右三河に対してあらたに漁網を代金六一〇万円で売却しており、被告人方の売上帳にも従前の同人に対する売掛分に続いてその旨記帳されていること、そして被告人は、被告人が右三河の漁業を経営していると聞いて被告人に対し支払いを請求してきた三河の債権者に対して弁済を拒絶していること等が認められるのであって、右各事実によれば、被告人は自己の債権の回収不能となることを免れるために右三河の漁業を援助していたにすぎないものというべく、到底弁護人の主張するような営業の譲渡と認めることはできないのである。

ただ前記三河具子は当公判廷において、同人の前記検察官に対する供述調書の内容と異なり、弁護人の右主張に副う趣旨の供述をなしており、また前掲各証拠によれば昭和五三年九月以降は被告人が前記三河武雄の水揚げを管理し、同人には実質的には給料に相当する金員を支給していた事実が認められるのであるが、三河具子の当公判廷における供述はそれ自体曖昧で矛盾に満ちたもので、その供述態度や右供述からも窺える同人と被告人との関係に照らして措信しがたく、さらに被告人が水揚げを管理していた点も、援助をすると同時に債権の回収をはかるという被告人の立場からすれば当然のことであって、前記認定を左右するものではない。

よって弁護人の前記主張は理由がなく失当である。

(法令の適用等)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するので、所定刑中懲役刑及び罪金刑を選択したうえ後記情状に鑑み同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で処断すべきところ、本件は判示のとおり合計一億二千万円余の巨額の脱税事犯であって犯行態様も悪質であり、被告人が町議会議員という地域の要職にあることなども考慮すると、その犯情は悪く刑責も重いのであるが、他方被告人の所得の中には多額の不良債権の存在が認められることや、地域的、業種的にみて、被告人の近隣同業者には家内工業的な営業規模の者が多く、ために経理も杜撰なまま放置しているのが一般的風潮であったこと、今回の摘発によって被告人は納税義務に対する認識をあらため、今後は再び本件のようなことのないよう注意する旨誓約していること等の酌むべき事情も存するのであって、同種事犯に対する科刑例等諸般の事情をも併せ考えて、被告人を懲役一年及び罰金二、四〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 西島幸夫)

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